森 達也
2004/2/20 発行 2004/5/15 7刷
㈱新潮社 1600円(税別)
実は、森監督の「A」は未見なのだ。
かつて、原監督の「ゆきゆきて神軍」には衝撃を受けた。すぐに図書館で奥崎の本「ヤマザキ、天皇を撃て!」を探して借りて読み、原監督の他作品「さよならCP」、「極私的エロス」などは、ユーロスペースで追いかけて見たものだ。
が、「A」にはさっぱり関心がわかなかった。
公開当時にメディアを通して見た森監督は、奥崎と拮抗する原監督とはまったく違って見えた。迫力とは無縁な、どこまでも優しそうな印象だった。その後、雑誌などで偶然目にする森監督のエッセイや評論には、共感することが多かったものの、なにかすっきりしないものがひっかかり、映画を見るまでのきっかけにはならなかった。
そんな森監督のイメージは、「下山事件」を読み終わっても大きくは変わらなかった。しかし、思ったよりも優しいだけの人ではなかった。ものすごく誠実な人なのだった。その誠実さは、取材相手が誰であろうと変わらない。
本を読んでいる途中、もしエルロイだったら誰を主人公に物語を構築するだろうと妄想した。おそらく下山総裁の死体を運ぶ男たちの一人は、間違いなく重要な登場人物の一人になるだろう。そんなことを考えながら読んでいたところ、なんと終幕の第6章で森監督は、まさにその描写を本のクライマックスにしていた。しかも、その男たちの描写は単なる犯行現場の再現描写ではない。
下山総裁の死体を運ぶ男たちの描写は、おそらく事件に関わっているであろう取材先の多くの人々や関係者だけでなく、森監督や読者も含めた戦後日本人全体を視野に入れた比喩にもなっている。
おれも今日から下山病キャリアだ。